新生


 声が聞こえたような気がした。
 懐かしい声に思えた。
 誰のものかは分からない。聞こえたような気がしただけだからだ。
 しかし、そのお陰で、停止していた思考に再びスイッチが入った。どのくらいの間、思考が停止していたのかは、自分では分からない。一秒だったのか、一時間だったのか、それとも一年だったのか。
 目を開けてみた。目の前には何もない。
 薄青色の何もない空間に、ぽつんと自分ひとりだけが浮遊していた。
「あたしは、どうしてしまったんだろう?」
 再び活動を始めた美奈子の思考は、まず自分の状態を確認しようとした。
 敵によってズタズタにされていく自分の姿が、脳裏を横切った。
「そうだ、あたしは殺されたんだ………」
 圧倒的な力の前に、為す術もなくやられた自分。生か死かの戦いにおいて、圧倒的な敗北は、即ち「死」である。
「ここは、天国なのね………」
 地獄という可能性を全く考えないところが、やはり美奈子である。自分が死んだときは、百二十パーセントの確率で天国へ行くと、完全に決めつけていた。だから、もし死んでしまっているのなら、ここは天国に違いない。付け加えると、美奈子は自分が死んでしまったと決めつけていた。
「何にもないのね」
 がっかりしたように美奈子は言う。
 実際に「見た」と言う人たちの話とは、目の前の景色はかなりの食い違いがある。第一に、綺麗なお花畑がない。よくよく考えてみると、三途の川を渡った記憶がない。
「あたしってば、フリーパス?」
 お気楽な考えが、脳裏に浮かんだ。
「………あの、そろそろいいでしょうか?」
 遠慮がちな声が、目の前から聞こえてきた。何もない空間に、僅かに揺らぎが生じる。揺らぎは次第に大きくなっていき、人の形を形成していった。
「あ、あなたは………!?」
「初めまして、美奈子さん。」
 目の前に現れた人物はセーラー戦士だと思えた。コスチュームはスーパーセーラームーンのものに似ていた。胸部にプロテクターのない、すっきりしたデザインだった。(もっと正確に言うならば、セーラーコスモスのコスチュームによく似ているのだが、美奈子はセーラーコスモスを知らなかった)
 肩には少し大きめのプロテクターがあった。硬質な感じはするが、重そうには見えない。胸のリボンは、自分たちの物より柔らかい素材のようだった。トランプのダイヤの形をしたブローチで留められている。銀色に輝くブローチが美しい。その色と同じ銀色のロングヘアは、自分と同じくらいの長さがある。瞳はスカイブルー。透明感があり、神秘的な瞳だった。
 純白のマントが、風のない空間でユラユラと揺らめいていた。
「あなたは………」
 全体的なコスチュームの印象から、シルバー・ミレニアムのセーラー戦士のような感じがしたが、美奈子の、いやセーラーヴィーナスの記憶の中には、目の前の戦士はいなかった。どこかで会ったことがあるような気がするのだが、思い出せなかった。
「わたしはシルバーヴィーナス」
 目の前のセーラー戦士が口を開いた。
「シルバーヴィーナス?」
「ええ」
 シルバーヴィーナスと名乗ったセーラー戦士は、ゆっくりと肯いた。敵意は全く感じられなかった。そればかりか、自然と心が穏やかになってくる。
 自分の身内に会っているような感じだった。
「わたしがヴィーナスと名乗るのが、不思議なのですね。そうですね、ヴィーナスと言う名は、本来はあなたのものですものね」
「………」
「残念ですが、あなたの疑問の全てに答えている時間はありません。わたしがこの時代にいられる時間は、限られているのです」
「何だか、鏡を見て話しているような気がするわ………。あなたの正体、なんとなく分かっちゃったわ」
 美奈子は微笑んで見せた。髪の色や瞳の色こそ違いはするが、目の前の人物はどことなく自分に似ている。最初の印象で、どこかで会ったことのあるような気がしたのは、自分に似ているからだった。
「ひとつだけ、質問してもいい?」
「はい」
 美奈子が言うと、シルバーヴィーナスは肯いた。
「あたしは、死んでしまったの?」
「………はい」
「がーん!」
 既に自分で決めつけていたとはいえ、他人に改めて肯定されると、やはりショックである。
「嘘です」
 シルバーヴィーナスはチロリと舌を出す。美奈子はずっこけるしかない。まさか、この状況で冗談を言われるとは思ってもいなかったのだ。
「ただ、肉体的には死んでも不思議ではない程のダメージを受けています。セーラークリスタルのパワーのお陰で、辛うじて生きていると言う状態にすぎません」
 呆気にとられている美奈子を無視して、シルバーヴィーナスはマイペースで言を続けた。彼女は間違いなくB型だろうと推測した。
「セーラークリスタルがなければ、肉体を蘇生させることはできなかったでしょう」
「え!? そんな風には見えないわよ?」
 相変わらずマイペースで話を続けるシルバーヴィーナスの言葉を受けて、美奈子は慌てて自分の体に視線を向ける。
「げっ!?」
 改めて自分の体を観察してみて、美奈子は素っ頓狂な声を上げた。素っ裸なのである。慌てて周囲を見やる。自分たち以外に人の姿はなかった。
「大丈夫です。わたしたち以外には誰もいません」
 シルバーヴィーナスのその言葉を聞き、美奈子は胸を撫で下ろす。うら若き乙女の一糸まとわぬ姿を、無料で他人に見せるほど、美奈子は気前が良くない。
「ここはあなたの意識の中です。本当のあなたはの体は、今は海の底に沈んでしまって、鮫の餌になってます」
「え゛!?」
「冗談です」
 自分で時間がないと言っておきながら、シルバーヴィーナスは無駄話が好きなようだった。しかも、真顔で冗談を言える性格らしい。
「鮫の餌云々の話は嘘ですが、意識の中と言う話の方は本当です」
「………なんか、どこまで信用していいんだか、分かんなくなってきた………」
 美奈子は項垂れた。目の前のセーラー戦士は非常に親近感を覚える相手なのだが、どうも素直に話を信じられない。
「心を静めてください」
 シルバーヴィーナスは一語一語区切るように言った。
「心を………?」
 美奈子は言われたとおりにした。目を閉じ、心を穏やかに保った。
 意識が広がった。
 周囲の状況が、心の中に映像として映し出される。
 共に戦った仲間たちがいた。それぞれが、危険な状態にあった。
「みんなが、危ない………!」
 美奈子が目を開ける。
 それを受けて、シルバーヴィーナスは重々しく肯いた。
「ゆっくりと説明している時間がなくなってしまったようですね」
 自分が無駄話をしていたせいだとは、彼女は気付いていないようである。
「あたしに、力を貸してくれる?」
「もちろんです。そのために、わたしはこの時代に来ました」
「なら、急いでくれる?」
 美奈子はシルバーヴィーナスを急かした。
「分かっています。てっとり早く用事を済ませて、わたしもわたしがいるべき時代に帰らねばなりません。見たいドラマがあるのです」
「は!?」
「い、いえ」
 シルバーヴィーナスは何やら妙なことを口走ったが、咳払いひとつで誤魔化されてしまった。
「今からわたしのパワーで、肉体を完全に再生させます。ついでに、わたしのパワーも少しだけ分けてあげましょう」
「つ、ついでって………」
 美奈子が文句を言おうとしたその瞬間、シルバーヴィーナスは目映いばかりの閃光を放った。硬質の銀色の輝きだった。
「セーラーヴィーナスに、真のパワーを!」
 光の中からシルバーヴィーナスの声が聞こえた。
 光はやがて、美奈子を包み込む。凄まじい光なのだが、熱くも冷たくも感じなかった。
「こ、この感じ………」
 自らの内から、凄まじいパワーが湧き出てくるのを感じた。今まで感じたことのない、猛烈なエナジーだった。
 蛹の状態だったヴィーナスが、一段階進化を遂げた瞬間だった。
「いつかまたお会いしましょう。さようなら、大御祖母様」
 シルバーヴィーナスの声は、次第に遠くなっていった。

 〈ヴィルジニテ〉が視界の全てを覆っていた。
 装備されている砲門が、自分の方に向けられている。この距離では、回避することはできない。シールドを張ったとしても、この至近距離では防ぎきれるものではない。
「これまでか………!!」
 プレアデスは覚悟を決めるしかなかった。悔しげに唇を噛み締め、自らの最期の時を待つ。
(諦めちゃ駄目!!)
 鋭い声が、プレアデスの脳裏を横切った。力強い制止の声だった。
 次いで、爆音が耳を打った。
 〈ヴィルジニテ〉が炎上している。
「なに!?」
 プレアデスも訳が分からない。爆煙を吹き上げながら、〈ヴィルジニテ〉が後退していく。
「?」
 プレアデスの瞳が、接近する何かを捉えた。黄金に輝くそれは、彼女の記憶の中のあるものと、非常によく似ていた。
「まさか、『箱船』………!?」
「あなた、あれを知っているの?」
 真横で声がした。自分の右側だ。先程脳裏を横切った声と、同じ人物のようだと思えた。
 セーラー戦士だった。
 純白の神々しいまでのセーラースーツに身を包み、内から聖なる輝きを感じさせる。
「この輝きは聖石………。あなたは聖石を持つ戦士なのですね。宇宙でも七つしかないと言われているマスター・クリスタルを持つ戦士………」
 プレアデスは驚きの表情で、目の前に現れたセーラー戦士―――セーラームーンを、眩しそうに見つめた。

 激しい衝撃が、ブリッジを揺さぶった。
 爆音が耳を劈く。
「ちっ!」
 ソファーに身を沈め、余裕の表情で戦況を見つめていたサラディアが、不快げに舌を打った。
「何事か!?」
 サラディアの座すソファーの左斜め後方で、直立の姿勢で戦況を見ていたバルバロッサが、ブリッジ全体に響き渡る声で、オペレーターに状況の報告を求めた。
「わ、我が艦と同クラスの飛空艇が急速接近! 砲撃はその飛空艇からだと思われます!」
「メインへ回せ!」
 若い男性オペレーターの声は上擦っていたが、バルバロッサは冷静に次の支持を下した。オペレーターがサブモニターに捉えている敵艦の映像を、メインスクリーンに映し出すように指示をしたのだ。
 即座にメインスクリーンの映像が切り替わる。今まで写されていたメインの映像は、サブスクリーンへと移る。
「ぬ!?」
 バルバロッサの顔が、僅かに歪んだ。メインスクリーンに映し出されたのは、セーラーノアの箱船だった。
「なんでアレがここにいる!? サン・プールは何をやってたんだい!?」
 ヒステリックなサラディアの声が、ブリッジにビリビリと響き渡った。
「す、すまねぇ、姐さん!!」
 まるでタイミングを見計らったように、サブスクリーンにサン・プールの顔が映し出される。
「セーラー戦士がいやがった。“頭脳体”が接触していたんだ」
「ちっ! 役立たずが!!」
サラディアは吐き捨てるように言うと、ソファーから勢いよく立ち上がった。まるで雌豹のような俊敏な動きで、自らが座っていたソファーの後ろへと回った。
「やってくれたねぇ」
 憎々しげに表情を歪めて、サラディアは苦笑いした。そこには、二メートル程の大きさのカプセル状の装置が、壁面に埋め込まれるようにして設置してあった。カプセルの横にあるボタンを押して、フードを開いた。
 カプセルの中には女性がいた。眠っているかのように、瞼は閉じられていた。
「お前だね!? アレを呼び込んだのは!」
 サラディアはメインスクリーンに写っている、セーラーノアの『箱船』を顎でしゃくって示した。
 カプセルの中の女性は、ゆっくりと目を開けた。真っ直ぐにスクリーンを見つめる。
「ノア………」
 か細い声で呟いた。しかし、彼女に許されている行動は、それだけだった。いや、それ以外の行動はできなかった。全身がカプセル内に固定されているのである。首を巡らすこともできなかった。
「あたしの質問に答えろ!」
 サラディアは乗馬で使う鞭を、女性の顔に向けて振るった。頬が裂け、鮮血が吹き出してくる。だが、女性は悲鳴すら上げなかった。逆に鋭い視線をサラディアに向ける。
「わたしに許されている、せめてもの抵抗を試みたまでです。彼女なら、必ずやわたしを殺してくれるでしょう」
「それが目的かい!?」
 サラディアは目を剥いた。しかし、それ以上のことはできなかった。目の前の女を殺してやりたい衝動に駆られたが、それができないことも、サラディアは分かっているのだ。
「そうでしょう………。あなたには、わたしを殺すことはできない。わたしが死ねば、この船も死ぬことになる。今のあなたは、この船を手放すことはできない」
「くっ!」
 サラディアは悔しげに呻くしかない。船の全てのコントロールは、サラディアが握っている。そのように改造したからだ。だが、この女だけは排除することはできなかった。この女の脳波が停止してしまうと、船の機能も停止してしまうからだ。
「撤退だ!」
 サラディアの指示を待つまででもなく、バルバロッサは大声を張り上げた。先程の攻撃で、この船は著しく損傷してしまった。修復する必要がある。
「サンザヴォワールを呼び戻せ! ぐずぐずしていると置いていくと伝えろ!」
 バルバロッサの指示を聞きながら、サラディアは目の前の女性を睨み続けていた。
 サラディアの目の前の女性―――セーラーヴィルジニテは、しかし、スクリーンを見つめていた。
(ノア。必ず、わたしを殺してね)
 その悲しき意志は、セーラーノアの元に届いていた。

「〈ヴィルジニテ〉が後退する!?」
 爆炎を上げながら戦線から離脱していく〈ヴィルジニテ〉を、地上から見上げる形となったイズラエルは、訝しげに眉根を寄せた。
 損傷を受けたとはいえ、戦闘不能の状態になったとは思えなかった。
 イズラエルは視線を走らせ、周囲を索敵する。
 新手の飛空艇が出現したため、交戦していたヴィクトールを見失ってしまったのだ。
(カーヒン! サラディアは後退する理由を言ってきたか?)
 イズラエルは自分の飛空艇〈レコンキスタ〉に残っているはずの、副官のカーヒンをテレパシーで呼んだ。
 ヴィクトールの姿は周囲には見えない。今の内に、状況を把握しなければならない。
(いえ、何も………。敵の飛空艇からの攻撃を受けただけだと言うのに、どうも腑に落ちません。損傷の程度は大したことはないはずです。あの程度なら、戦闘は続行できるはずです)
 程なく、カーヒンからテレパシーが返ってきた。どうやら、彼女も腑に落ちない点があるようだ。飛空艇にいる彼女は、地上で見ているイズラエル以上に、〈ヴィルジニテ〉の状況は掴めるはずだった。
「サラディアめ、何を考えて………。!」
 合点がいかない様子で呟いたイズラエルだったが、殺気を感じて身を翻した。
「三人か………」
 前方に現れた敵は、三人の戦士風の若い男だった。

「………すまん、アルテミス」
 アルテミスは瀕死の重傷だった。本来なら、直ぐに手当をしてやらなければならない。だが、残念なことに、クンツァイトには他人の傷を回復させてやる能力はなかった。
 アルテミスをその場に寝かせ、クンツァイトは上空のイズラエルを睨み据えた。フリーズ・ブレイドを手にし、全身にパワーを漲らせる。
 沸騰し、泡立つエーゲ海に一瞬だけ目をやった。怒りのパワーが爆発寸前だ。美奈子の仇を取れなければならない。
「許せん!」
 クンツァイトが身を躍らせようとしたその瞬間、
「待て、クンツァイト!!」
 彼を制する声が耳朶を打った。アルテミスの声ではない。しかし、知っている声だ。懐かしい、古き友人の声。
「今の声は!?」
 クンツァイトは飛び上がることを止め、その声の主を捜す。前方で“気”の流れを感じた。
何者かがテレポートアウトしてくる。
「お前たち………」
 現れたのはふたりの男性だった。ふたりとも懐かしい顔だった。ひとりはウェーブの掛かった長髪が艶やかな大柄な男性。もうひとりは、小柄だがしなやかな猛禽類を思わせる表情をしている。
「怒りに身を任せると、自滅するぞ」
 ウェーブの掛かった長髪の男性―――ネフライトが口を開いた。
 クンツァイトは、上空を見上げてから苦笑する。黄金に輝く飛空艇を視界の隅に捉えた。敵の飛空艇のうち、小型の方が炎上しながら戦線から離脱していくのが見える。
「なんとも劇的な登場だな、ふたりとも」
「再会を喜ぶのは後にしよう、あっちに物凄い“気”を感じる」
 小柄の青年―――ゾイサイトが、クンツァイトから見て左斜め前方を指差す。
「分かっている。美奈子を殺ったやつだ」
 再びクンツァイトの“気”が、爆発的に膨れ上がった。
「あいつを始末しないと、俺たちの話を聞いてくれようにないな」
 ネフライトが諦めたように言い、ゾイサイトに視線を送った。
「そうだね。まずはあいつを片付けよう」
 ゾイサイトは肯いた。
「いくぞ!」
 クンツァイトの号令で、三人は風のように動いた。

「動きがいい!」
 襲い来る三つの影を巧みに躱しながら、イズラエルは歯軋りする。場所的にもかなり後退させられてしまっている。押されているのだ。
「不利か………」
 悔しげに呻く。確かに数の上でも負けている。個々の実力では自分の方が劣っているとは思わないが、敵はチームワークが取れている。しかもお互いの弱点を熟知していて、それを補い合っているのだ。
 戦場全体を見ても、いつの間にか自分たちの方が分が悪くなっていた。〈ヴィルジニテ〉が後退した影響が大きかった。
 既に〈ヴィルジニテ〉は、この空域にはいなかった。
「潮時か………!」
 イズラエルは撤退を決意する。戦闘空域が拡大しすぎているし、サラディアの配下の部隊も
全て後退している。戦闘は終了したと言っても過言ではない。
「優勢だったと言うのに、何故だ!?」
 イズラエルは回避行動を取りつつ、サラディアが撤退した理由を思案する。
 不可解だった。
 このまま力押しをすれば、ジェラールの〈クラック・デ・シュバリエ〉は陥落()とせたはずだ。
「後退しなければならない理由ができたと言うことか………」
 情報が不足しているイズラエルには、そう結論づけることしかできなかった。
(カーヒン! 撤退する!)
 イズラエルは決断を下した。これ以上、この空域に留まらなければならない理由はない。
「後退はさせん!」
 疾風の如き素早さで、イズラエルの眼前に現れたのは、姿を見失っていたヴィクトールだった。三人の戦士を押さえるようにして、イズラエルと対峙する。
「そう簡単には後退させてくれそうにないな」
 イズラエルは呻くように言った。
 対峙するヴィクトールは、無言のまま大剣を構える。

「悪いが、やつの相手は俺がする!」
 ヴィクトールは背後のクンツァイトに対して、振り向かずに言った。仲間の仇を討たせてやりだいが、自分としても意地がある。本拠地をここまで破壊されて、このまま引き下がるわけにはいかなかった。
 部下の仇を取らなければならない。
「譲れんな」
 ぶっきらぼうにクンツァイトは答える。ヴィクトールの事情は分かるが、クンツァイトとしても譲るわけにはいかない。
「内輪もめか? まとめて相手をしてやってもいいのだぞ? どうせ結果は見えてる」
 イズラエルが挑発してきた。
「騎士としては、そうもいかん」
「騎士道というやつか? ふん、馬鹿なことを」
 イズラエルは嘲るように言った。だが、ヴィクトールは冷静である。度重なるイズラエルの挑発を軽く聞き流している。
 突如、上空で轟音が鳴り響いた。
 〈レコンキスタ〉が物凄いスピード突っ込んでくる。
「なっ!?」
 ヴィクトールは言葉を失った。まさか、〈レコンキスタ〉が特攻を仕掛けてくるなどとは、夢にも思っていなかったのだ。
「予定変更だ! クンツァイト、こいつはお前に任せる!!」
 ヴィクトールは身を翻した。〈レコンキスタ〉の標的は分かっている。大至急、〈クラック・デ・シュバリエ〉まで戻らなければなららない。
「行かせん!!」
 イズラエルは飛び上がると、無数の衝撃波を放った。ヴィクトール、クンツァイト、ネフライト、ゾイサイトの四人は、素早い動作でその衝撃を避ける。
「自分の城が墜とされる様を、そこで見ているがいい!」
 虹色の閃光が視界を覆った。
「まずい! 結界だ!!」
 ネフライトが気付いたが、既に遅かった。クンツァイトを除いた三人が、結界の中に閉じこめられてしまった。
「く、くそぉ! 謀られた」
 ヴィクトールは悔しげに呻くが、今となってはどうしようもなかった。内側から脱出を試みるも、イズラエルの張った結界は強固だった。
「悪いが助け出している時間はないようだ。自力でなんとかしてくれ!」
 クンツァイトは叫ぶと、〈クラック・デ・シュバリエ〉に急いで引き返した。

「でかいやつが来る! セーラームーン(うさぎ)!!」
「分かってる!」
 アルテミスの声に返事をすると、セーラームーンは上空に向けてジャンプした。
 プレアデスと合流してからのセーラームーンは、忙しかった。瀕死の状態のアルテミスを快復させ、重傷だったエロスとヒメロスの傷も快復させた。更には負傷した騎士団も快復させなければならなかった。流石に命を落とした者たちを復活させることはできなかったが、負傷して動けなくなっていた騎士たちは意外にも多かった。
 アルテミスの指示で騎士団を束ね、〈クラック・デ・シュバリエ〉の防衛に回ったとき、巨大な飛空艇が突っ込んでくるのが見えたのだ。
「アルテミスはそこにいて騎士団を!」
 飛び上がりざま、セーラームーンは言った。騎士団を束ねることができるのは、この場ではアルテミス以外に適任者はいない。
 セーラームーンは上空で静止した。前方から巨大な飛空艇〈レコンキスタ〉が迫ってくる。
「無理をしないで、あなたはもう戦えないはずよ」
 セーラープレアデスがセーラームーンの横に並んだ。多数の負傷者の快復を行ったセーラームーンは、極度の疲労状態にあるはずだった。激しい戦闘に耐えうるだけの体力は、残されていないはずである。
「それはあなたも同じでしょ。大丈夫、あたしにはまだ奥の手があるわ」
 自分の身を気遣う異国のセーラー戦士とて、状態は同じなはずである。長時間に渡る戦闘で、疲労はピークに達しているはずだ。
「奥の手………?」
 プレアデスは怪訝な表情を見せた。
 セーラームーンの言う「奥の手」とは、もちろん銀水晶である。銀水晶のパワーを持ってすれば、接近する巨大な飛空艇を打ち砕くのは容易い。しかし、今の状態で銀水晶を使うことの危険は、充分分かっている。
(プリンセス! いけません!!)
 セーラーノアの悲痛な叫びが、脳裏を貫いた。視界を黄金の箱船が覆う。
(わたしが食い止めます! プリンセスはお退()き下さい)
 セーラーノアは決死の覚悟で、〈レコンキスタ〉の正面に躍り出たのだ。全砲門を開いて、〈レコンキスタ〉に攻撃を加える。しかし、質量が違いすぎる。〈レコンキスタ〉の猛反撃を受け、船体が激しく炎上する。
「折角見付けた『箱船』を、わたしの目の前で破壊させるわけにはいかないわ!」
 プレアデスは「箱船」の上方にジャンプする。その位置から援護しようと言うのだ。
 だが、
「どけ!」
 その位置にはイズラエルがいた。眼前に出現したプレアデスを、衝撃波で弾き飛ばした。
 不意打ちを食らった恰好となったプレアデスは、ガードもままならない。バランスを崩し、無防備な状態をさらけ出してしまう。
「まず、ひとり」
 口元に冷笑を浮かべながら、イズラエルはエネルギー波を放った。
「これ以上はやらせない!」
 間一髪。プレアデスの危機をセーラームーンが救った。月光障壁(ムーンライト・ウォール)で、イズラエルのエネルギー波を弾き飛ばす。
「退がって、プレアデス!!」
 セーラームーンはプレアデスの窮地を救うと、迫り来る〈レコンキスタ〉を凝視する。次はセーラーノアを救わねばならない。
「時間だ、カーヒン!」
 イズラエルはニタリと笑うと、その場から急速に離脱していった。
 その直後に、〈レコンキスタ〉の全砲門が一斉に火を噴いた。
 目標は、〈クラック・デ・シュバリエ〉である。


※シルバーヴィーナスは香高菜瀬笑さんのオリジナルキャラクターです。ご本人の許可を頂き、ゲスト出演して頂きました。
 香高菜瀬笑さんが描かれたシルバーヴィーナスのデザインは、頂き物展示室で公開済みです。